傷ついた子どもの気持ちに寄り添うこと、心とからだのケアをすることによって、子どもたちが日常を取り戻し、学校が安心・安全な居場所となることが支援の目標になります。【急ぎの対応が必要です】
学校での性暴力被害児童生徒への対応(総論)
1.トラウマ反応を理解する
被害を受けた児童生徒は、しばしば、心やからだに大きな衝撃を受け、傷ついて混乱しています。そのため、聴き取りのとき、尋問のようになってはいけません。また寝られない、食べられないなどの身体症状、その時のことを急に思い出す(フラッシュバック)、赤ちゃん返り(退行現象)など様々な変化があらわれることがあります。これらは、このようなつらい出来事の後、誰にでも起こりうる当たり前の反応(=トラウマ反応)であり、一時的なものであることを本人に伝えてあげることが大事です。また、支える教職員や保護者などもこのことを十分理解して対応することによって、本人の不安をやわらげることができ、心のケアになるのです。
2.二次被害を防ぐ
被害児童生徒を守るためにはどうしたらよいか、本人や保護者は何を望んでいるか、回復のためにはどのようなことが必要か、そのことを理解していないと、被害児童生徒が再度、同様な被害にあったり、教職員や友だちから心ないことを言われたり、配慮のない対応で本人が傷ついたりすることが少なくありません(二次被害)。
このような二次被害を防ぐためには、トラウマ反応の理解とともに、本人や保護者との連絡確認を怠らないこと、前もって必要な配慮(登下校の見守りや保健室対応、教材内容のチェックなど)を相談することなどが大切です。本人や保護者と一緒に、無理のないペースで進めることで、二次被害を最小限に抑えることが出来ます。
3.チームで支援する
以上のような配慮は、とても教職員が1,2人で対応できることではありません。特に加害児童生徒も同じ学校にいる場合、対応に苦慮することが多いです。一部の教職員に大きな負担がかからないように学校内でチームを組んで支援します。そうすることで支援のミスが少なくなるばかりか、教職員の燃え尽き(バーンアウト)を防ぐこともできます。また、教育委員会をはじめ、性暴力被害者支援センターなどの専門機関と連携することで、よりスムーズな支援につながります。これらの専門機関とは、日常からの関係作りが大切です。
学校での性暴力被害児童生徒への対応(各論)
重大事態と捉え、原則として即日対応する必要があります。(時系列にそった記録を取ってください)
A.初期対応(初動)
学校での性暴力被害について相談があったら
被害児童生徒本人から打ち明けられた場合
被害児童生徒が安心して話せる場所で話しやすい教職員が話を聴きます。最初の段階では、事情聴取のように根掘り葉掘り聴く必要はありません。巻末のケースシートを利用するなどして、「誰に、何をされたか」を聴き、何度も被害にあっている場合には可能であれば直近の被害日時について確認します(⇒性暴力加害・被害について、子どもへ聞き取りをする際のポイント)。傷ついた気持ちに寄り添い、言いにくいことを「話してくれてありがとう」と伝えましょう。さらなる聴き取りは十全に準備をしたうえで行います。
本人以外の児童生徒から相談された場合
誰がいつ、どのような場面で知ったか、被害児童生徒本人は教職員にそのことを伝えても構わないと言っているかを確認します。情報を提供してくれた児童生徒に対しては「先生に相談してくれたことは間違ってないよ」という姿勢を示した上で、この話を広げないことと、困った時に相談できる教職員の名前を伝えます。被害児童生徒が開示を嫌がっている場合や了解しているかどうかわからない場合は、慎重に進めないと、心配して情報を提供してくれた児童生徒の立場を悪くしてしまいます。
管理職へ報告し、チームで対応する
いじめと同様に、事実関係が確定してから対応を開始するのではなく、「疑い」の段階で重大事態と考え、原則的に即日に報告、調査、対応を開始します。なにより管理職のスピーディな判断が重要です。即日に対応を開始しない場合は、保護者に説明できる理由を明確にして記録に残しておく必要があります。
最初にチームを作って役割を決めます。性暴力被害の場合、原則としてチームの教職員のみ詳しい情報を共有します。被害児童生徒の支援担当教職員を決め、被害状況と不安・心配なことなどを聴き取ります。学校内に加害児童生徒がいる場合、同時に加害児童生徒からの聴き取り担当教職員を決めます(⇒性問題行動を起こす児童生徒への対応)。同じ教職員が被害・加害双方から話を聴くと、自分が話したことが相手に伝わってしまうと感じ、信頼関係を築くことが難しい場合があります。一人の教職員に負担がかかりすぎないよう、事案ごとにスクールカウンセラー、養護教諭なども含めたチームで対応する必要があります。
被害児童生徒の保護者に連絡し、はじめに学校として「全力で被害児童生徒を守る」「秘密は守る」ことを強く約束することが肝要です。そして「いまのところわかっている情報」を共有し、以下について保護者に伝えます。
- 医療機関受診の必要性
治療が必要な外傷があった場合、妊娠の可能性があり緊急避妊ピルが有効な72時間以内の場合など - 心とからだのケアの必要性と、性暴力被害者支援センターのような専門機関に相談するメリット
保護者だけでも相談は可能です(⇒性暴力被害者センターにできること) - 学校内で今回の出来事を知っている教職員(チームのメンバー)
- 警察に通報する意思はあるかの確認
被害直後であれば、事実を証明する証拠を採取することが可能です⇒警察にできること)
学校内及び学校外の関係機関との調整担当教職員を決める
児童生徒や保護者の間で「うわさ」が広がらないように配慮します(とくにSNSへは注意が必要です)。
教職員の情報共有の範囲を決めます。「疑い」の段階であっても教育委員会への報告は必要です。性暴力被害加害の対応については、苦慮することが多いため、教育委員会の援助も得ながら、専門機関からの助言で救われることもあります。(性暴力被害者支援センター等の相談窓口では教職員からの匿名での相談や電話相談も可能です。初期対応での注意点や被害児童生徒への配慮など第一報の時点から助言があることで学校の緊張と負担が軽減します。)さらに必要に応じて警察、弁護士、福祉、医療へ相談する優先順位とタイミングを判断しますが、あくまで本人の意思やペースを大事にしてください。
(ア)医療費の保険部分は、学校管理下であればスポーツ振興センターへの申請が可能です。
(イ)カウンセリングなど自己負担分は、被害者支援の助成が可能な場合もあります。
(ウ)警察や性暴力被害者支援センターへの相談で、費用のサポートができる場合もあります(⇒学校で性暴力被害があった時の連携先一覧(兵庫県))
安全な場所の確保・維持、再被害防止のために
担任もしくは支援担当教職員は、被害児童生徒の心身の状況を考え、学校に来ることなどへの不安・心配はないかを本人にたずねます。当分の間、保護者が送り迎えする方がよい場合もあります。被害児童生徒とは以下のことについて前もって話し合っておきましょう。
- 誰かが被害のことを質問した時にどう答えたらよいか
- 被害を受けたことで学校内で行けなくなった場所があるかどうか
(加害児童生徒の別室登校など、被害児童生徒を守る具体的な方法の提示も必要になることがあります) - どういう状況(男性と2人になる、後ろから背中を叩かれるなど)で精神的に不安定(パニックになる、呆然とたたずむなど)になるか(教材や性教育など行事での配慮が必要になることがあります)
- 同じような被害を受けそうになった時にできることの具体的な例
(すぐにいや!と言う、逃げる、理由を言って離れる、先生など大人に話すなど)
「うわさ」になっている場合は、本人、保護者の了承のもとに、「うわさ話を広げることによって、傷ついた子がより学校に行きづらくなることをわかってほしい」などとクラスや学年で児童生徒に伝えます。
本人、保護者と定期的に連絡をとりましょう
保護者の気持ちを学校が受け止めなければならない場合も多くあると思います。児童生徒が被害にあうことにより、保護者も傷つき動揺します(同様なトラウマ反応を起こします=代理受傷)。
保護者自身の怒りや不安から、事件の解決を急いだり、将来のことまで心配したりすることもありますが、ていねいに保護者の話を聴き、気持ちに寄り添うことで落ち着くことができます。児童生徒の回復には、保護者の関わりが大きく影響してきます。ただし、保護者の気持ちと本人の気持ちがずれてしまうこともしばしばみられるため、本人の気持ちや考えを十分に聴いてあげないと、本当の回復にはつながりません。本人のことをしっかり理解しながら、学校と保護者がよい連携をとっていくことが子どもの回復につながります。
また、被害児童生徒が学校で以前と変わらずに過ごしているように見えても、家では疲れて勉強が出来なかったり、暴れていたりすることは珍しくありません。本人と定期的に話したり、保護者に連絡して家での様子を聴いたりして、本人の状況を把握します。
被害児童生徒の学校生活における配慮事項も徐々に変化していくので、定期的に支援体制の見直しをしなければなりません。不眠、食欲不振、集中できないなどの状態が続くようなら、医療機関への紹介が必要かもしれません。
B.学校での性暴力被害者への中長期の支援について
- 時間がたつと心理的な影響(トラウマ反応)が見えにくくなり、周囲の理解はうすれがちになるため、心ない発言をしてしまうことがあります。進級や進学の時には、事件を思い出すものや、未だに回避しているものなど注意する点について、本人や保護者と十分相談のうえ、引き継ぐ必要があります。
- 回復していると思っていても、本人・保護者に対して長期に見守っていく体制が必要です。何かのきっかけで不登校となったり、身体症状が出現したり、服装や髪型が変化したり性的な問題行動(性非行など)を起こしたりすることがあるからです。また進学など重大な決断を迫られているときや、別の苦難が訪れたときに、トラウマ反応がぶりかえすことは珍しくありません。時間の経過とともに改善することが多いですが、長引くようなら専門機関につなげると良いでしょう。
本人が過去の被害を訴えたときには?
性教育の講演を聴いた後や成長の過程で、過去の経験が性暴力被害であった事を認識し、周囲に打ち明けることがあります。性暴力被害の再現や無差別の性行為のほかに、家出、自殺未遂、薬物乱用、および自傷行為として現れ、過去の被害が判明することもあります。被害が明らかになった時点で、話してくれたことをねぎらい、今の暮らしが安全であり安心できるよう考えていくという点は被害直後の対応と同様です。
WEBテキスト版
ページ下部からダウンロードできるPDF版「危機管理の手引き」の内容をWebページでご覧いただけます。
性暴力の定義と学校での性暴力被害対応の概要
学校で性暴力被害がおこった場合のタイムライン(学校全体の取り組み)
学校での性暴力を未然に防止するための教育、いつから、どのように?
学校での性暴力を早期発見するためにー「いじめアンケート」のサンプル
被害児童生徒への対応(総論・各論)
被害児童生徒の心のケア
性暴力被害者のトラウマ反応の例
性問題行動を起こす児童生徒への対応
性暴力加害・被害について、子どもへ聞き取りをする際のポイントとケースシートの例
学校での性暴力に関するFAQ、こんな時どうしたら?
└被害児童生徒が被害届を出したくない/他の機関には相談したくないという時には?
└加害児童生徒が認めないときの対応
└学校が被害児童生徒や保護者から 加害児童生徒の出席停止を求められたら?
└インターネット上の被害を相談されたら?
警察・性暴力被害者支援センターができること
弁護士ができること
学校で性暴力被害があった時のマスコミ対応
学校で性暴力被害があった時の連携先一覧(兵庫県)
学校関係者が読んでおくべき性暴力関連の文献・書籍/参考サイト
PDF版ダウンロード
「学校で性暴力被害がおこったら 被害・加害児童生徒が同じ学校に在籍している場合の危機対応手引き」
発行:2020年6月
発行元
国立研究開発法人科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業(社会技術研究開発)による「安全な暮らしをつくる新しい公/私空間の構築」研究開発領域で採択されたプロジェクト「トラウマへの気づきを高める“人―地域―社会”によるケアシステムの構築」の成果物です。教育関係者、医師(小児科、精神科、産婦人科)、福祉、警察、弁護士、NPOなど多領域の関係者で作成しました。
調査研究者:兵庫県立尼崎総合医療センター 田口奈緒
性暴力被害者支援のための活動サポートをお願いします
このウェブサイトを運営している「性暴力被害者支援センター・ひょうご」は、性暴力の被害者支援や予防的活動を行っています。上記の「危機管理の手引き」の配布や「バーチャル・ワンストップ支援センターひょうご」の運営にかかる費用等に充てさせていただきたく、お一人でも多くにご支援いただけると幸いです。
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